SSブログ
教室案内 ブログトップ
- | 次の5件

教室案内―単科クラス「読解・意見文講座」 [教室案内]

さて、今回は単科クラスのもう一つの講座、「読解・意見文講座」のご紹介です。

この講座は、思考力・観察力・分析力・考察力を育てる講座です。

使用する課題は、文学作品の冒頭・国内外の昔話・時事テーマなど。
話の中に用いられる「もの・こと」が何を象徴しているかを考えたり、
普遍的な人の姿や価値観について思いを巡らせたりします。

読書感想文でよくみかけるのが
「かわいそうでした」「よかったと思いました」
と、一言感想で終わるもの。
そして、
「家族(友達)を大事にしようと思います」「ぼくも、頑張ろうと思います」
のように、決意を述べて終わるもの(その決意がどのくらい強いかは・・・?)。

感想文は、「よいこと」を書かねばならない、と決まってはいないはずです。
しかし、どうもみな、「感想文」となると、「よいこと」「道義的に正しいとされているもの」で
くくりたくなってしまうようです。

読解・意見文講座では、短いお話を用いて授業を行いますが
「感想文」を書く時間ではありません。
話のある部分や行為を取り出して、
「ここにどんな意味があるか」「どんな価値観が潜んでいるか」と考えたり
話の全体を見通して、
「どんな考え方が軸となっているか」「この後はどうなっていくか」を話し合ったりします。
お話は考えを深めるための素材です。
そこから拾い出せるものは、一つに定まるはずはありません。
同じお話でも、数年後読んでみたら、違ったものを見出すことができる、
そんな奥深さを持ったものが「お話」です。

上手に書くこと、
筋道立ててわかりやすく書くこと、
あるいは書く順を決めて、正しく書くこと、
そういったことは、授業ではほとんど取り組みません。
月に1回しかない貴重な機会なのですから、
これまで考えてみなかったことに思いを巡らし、
これまでやってみようと思わなかったような書き方、「本質」を明らかにする書き方に
挑んでもらっています。


この講座は、導入時の私の話が起爆剤です。
「こんなふうに物語を見ることができるのか」と気づいてもらうため
ありきたりの見方や言葉はあえて用いないようにしています。
鋭く切り込む分析・考察とは、そして論文調の言葉とはこういうものなんだ、と
耳から仕入れてそのまま自分も使っていけるよう
作文講座とは違う語調で導入を行っています。

回を重ねていくと、
「あたりまえ・よくある」作文から、
「その人にしか言えない・はっとさせられる」部分を持つ文章へと変化してきます。

考えることは、どの年齢の人でもできます。
難しそうな講座に思えるかもしれませんが、
小2の子も、「自分が語れる精いっぱいのこと」で書けばいいと知っていますので
平気で取り組んでいます。

間違いなど気にしなくていいのです。
作文は、量でもなくスピードでもなく、「質」です。
「光る一文」を入れることを目指して、皆、挑んでいます。

課題の詳しい内容につきましては、
左のカテゴリー一覧から「課題―読解」に区分されている記事をご覧ください。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

教室案内―単科クラス「作文講座」 [教室案内]

今年度は、教室の講座を新たに編成し直しました。
そこで今回から、変更した教室内容をお伝えしていくことにします。

まずは、全体像を!
教室の講座には主に以下のものがあります。

・本科クラス(平日夕方開講、月3回受講いただくクラス)
・単科クラス(土・日に月1回、不定期に開催)
・国語・読解問題攻略講座(月1または3回)
・絵本とことば(岐阜本部教室のみ)
・個別指導(小論文や面接など。受験にも対応)

「単科クラス」の内容は、このブログでもご紹介していますが、
もう一度、改めてお知らせします。

単科クラスは、毎月1回不定期に開催しています。
岐阜では土・日のどちらか、名古屋は日曜日に開催します。
常に席が確保されている本科や国語攻略とは違い、
毎回お申込みいただかねばなりませんが、
ご都合に合わせて、講座をお選びいただくことができます。

単科クラスには2つの講座があります。
①作文講座(午後1時~2時半)
②読解・意見文講座(午後3時~4時半)

今回は、「作文講座」のご紹介です。
このクラスは、多面的にものを見る目と豊かな表現力を育てるクラスです。

まずは、「うれしかった」「たのしかった」でくくる書き方からの脱却を図ります。

文章は「したこと」だけを書くものではありません。
また、「したこと」から導かれることは「うれしい・たのしい」の一言感想だけでもありません。
文章は、自分の体験を他者(読み手)に伝えるばかりでなく、
追体験させる力を持つものです。
体験していない他者に、自分と同じ体験を感じ取らせるためには
その場の背景、人物の表情、色、形、におい、手触り、動きを
「見えるように」描いていくことが必要です。

では、どう書けば「映像化」できるか。
よく言われるように、「詳しく書こうね」では、子どもたちに響きません。
「詳しく」とは、どうすればよいかがよくわからないから、
「詳しく」書けないでいるのです。

教室では、その「詳しく書くとはどういうことか」を具体的に伝えます。
どんな課題をするかというと・・・

・五感を用いて、ものを言葉でスケッチする
・ものを「おいしそうに」「まずそうに」書く
・人の動きを実況中継する。「どのように」を表す語を増やす。
・人の動きをまず観察、その後、書く。一つの動きを引き伸ばして数行で書く。
・5分ほどのゲームのことを3枚に引き伸ばして書く。人物の表情を見せる。
・教室までの道のりを「今、まさに歩んでいるように」書く。
・学校からの帰り道を書く。風景を見せる。人を見せる。
・掃除時間のことだけを書く。
・「嬉しい」と書かずに、人や背景で「嬉しさ」を感じさせる文章を書く。
                              ・・・・・・などなど。

ポイントは、ある場面にとどまって、引き伸ばして書くこと、です。
多くの子どもたちは、「目立つこと」をとびとびに書いて
細かな人や物の描写は省いてしまいます。
当たり前だから書く必要がない、と思っています。
しかし、その「細かなこと」こそが、個別の体験であり独自の目線を感じられるものです。
ですから教室では、「ある日の、あるときの、あの瞬間」とターゲットを絞って書くことを
皆に奨励しています。

上に挙げたような課題に取り組みながら、
もっとざっくりと物事を捉える課題、
たとえば「お父さんのこと」「隣の席の子」「おふろ」などにも取り組みます。
どんなふうにも展開できるような課題の中で、
培ってきた心情描写・場面描写の力を生かして「いきいきと」書いてもらいます。

実は、この作文課題、普段の観察力がものを言います。
まわりをみていても、「観て」いない人は、「わからん」「なにもない」と言ってしまいます。
部分をクローズアップして見ること、引いて全体をとらえること、
この両方の視点を自在に操り、
自分の周りを「観て」いくことが、豊かな表現力を育てていきます。

課題に取り組むうちに、「観る目」が養われますから
文章が変化するだけでなく、観察力・分析力も高まります。
「作文ってどう書いたらいいの?」と思う人は、
まずこの「作文講座」から受講いただくことをおすすめします。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

本科でやること ⑤最後に [教室案内]

とまあ、数日にわたって本科の案内をしてきました。
これで、大体のことはお伝えできた・・・でしょうか。

月に1万円以上の受講料をいただく、というのは
私にとっても大きなことです。
頂いた分以上のことをお返ししたいと思っていますので
プリントをただやらせるような指導では
この額をいただけない、と思います。
学校や学習塾でやれることをやるのでもいけない、と思います。

学校の指導もこれから変わっていきます。
プレゼンテーションなども授業の中でやるようですし、
資料読解と記述での提示、ということも増えるでしょう。

ですが、学校という場は、
「応用」をしにくいところです。
社会に出たときに最低限必要なスキルを身につける場である、というのが
学校がまず果たさねばならないことです。
その意義は、私も強く肯定します。
応用する、型を打ち破る発想をするためには、
十分な基礎がなければ(あるいは型を知らねば)なりません。
ものすごく大量の仕事を抱えた学校の先生方は、
その中で、とてもよく勉強していらっしゃるし、励んでもいらっしゃいます。

ですから、学校の指導がダメ、と決めつけて自分の場を作ったのではありません。
言語能力、思考力といった、簡単に伸ばすことのできないものに対して、
学校以外の場所、学校の指導方法以外の手法で
子どもたちに働きかけることが、
子どもたちの力に厚みや深さを作ることになると考えるからです。

私自身は、学校以外の場がほしいと願ったタイプの人でした。
ですが、その場はどこにもありませんでした。
だからひたすら本を読み、本の中に「場」を見出していくしかありませんでした。

ですが本当は、
生きた人間と声を用いて考えを交わしたい、
もっと深く討論するような相手が欲しい、と思っていました。

これほど多種多様な世の中なのです。
学校以外の「人を育む場」があってもいいはずです。

読解は、用意された範囲の中で行うものではなく、
別の時代、別の国、別の集団にも置き換えて捉えていくとか、
他者を見ながら己を知っていくとか、
枠を定めず広く深く突き詰めていく試みの中で生まれていくものです。

月1万円をいただいても、恥ずかしくないことをしたいと思っています。
高い、といわれればそうでしょうが、
研究室を巣立っていく人たちの芯のある姿を見ると、
意味のないことはしていないはず、とは思います。

ここまで、本科の内容を読んでくださったかた、
誠にありがとうございました。
ここまで読んでくださるということは、
志を等しくするかたである、と思います。
お目にかかる日があることを、心よりお待ちしております。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:学問
- | 次の5件 教室案内 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。