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生徒の作品「教室までの道」 [課題―描写]

先週の中学生本科。
10月は国語攻略課題をメインにすることにしたので、
しばらくやれなくなるから、と描写の課題を行いました。
定番の「教室までの道」。
家から教室までのその日の道のりを描きます。

道のり全てを書く必要はありません。
大切なのは、「読み手もその道を心でたどれるよう、
周りの様子や自分の動きを言葉で映像化する」こと。

しかしこのクラス、仲がよすぎておしゃべりが多い.…。
スイッチが入れば、一言もしゃべらずただ書くことに没頭するのですが、
それまでがちと…。口数がね…。
男子ばかりって、こんなんなの? と思いながら
「よりよいものを目指してよ!」と多少強めに働きかけ、
その後は放っておいたら、いつものように沈黙がやってきました。

皆が帰った後、じっくり読みました。
そして、
そうか、こんな時間を経てから、あのドアを開けてくれるんだ、と
なんだかすごくありがたい気分になりました。

当たり前ではありますが、
「作文に来る」までに、「必ず経てこなければならない時間と道のり」があります。
それを億劫がらずに、ここに来てくれているということ、
これは全然、「当たり前」ではないのだよね、と改めて思いました。
その手間と時間と、教室で得る時間への期待、に応えるもの。
ちゃんとやっていかなくちゃ、と思いました。

親御さんの車で来てくれる人、
電車で来てくれる人、
自転車で来てくれる人。

作品の抜粋です。
残しておきたいと思ったので、ここで紹介します。
そのまま載せるので、間違いもそのまま。くどいところもあります。

でもそれよりも、彼らが描きたかった一瞬を味わっていただけたら幸いです。

*********************
 エレベーターの表示は一階と表示されている。エレベーターのボタンを押すと、約七秒後にエレベーターがいつも来る。今日もエレベーターをいつものように待っているとエレベーターが来た。エレベーターが来るのが見えたのと同時に女の人が見えた。同じ四階に住んでいる人だ。「こんにちは」と挨拶をかわしエレベーターに乗りこむ。母が一階のボタンを押して閉めるボタンを押したら、エレベーターが閉まり動きだす。
 エレベーターの中には無言のまま母と僕が乗っている。エレベーターのドアが開くと母が先に出て僕が後に続く。エレベーターからマンションの裏までの約三メートルもエレベーターの中と同様に無言で歩く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 目の前に電車のドアが立ちはだかっている。外の風景はもう止まっている。目の前は人の顔だらけになっている。視かいの端になにか動く影が見える。チラッと見ようとする。しかし、後ろからの圧力がそれをゆるさなかった。帰宅する人が多いこの時間帯、電車の中には、ただでさえ、動きにくい空間となっている。その空間に加え、この駅で降りる人の目がドアへと集中することでその間にいる僕へと視線が集まる。
 ドアとドアにすき間ができる。かすかなうごきができる。それがまわりに伝ぱし、まわりが動きだす。それにおされるように僕は前に進まざるをえない。ガラス一枚向こうでは、左右に人が交互に分かれる。一列が二列になる。そこに並んでいる人もドアに視線をのせている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 左足をペダルにおく。そのままグッと体重をのせて自転車が動き出す。その勢いで右足をペダルにのせて、立ちこぎで走りだす。周りをみても何もみえない。何もみえない道に自分の自転車の光がさす。カチッカチッ少しずつギアをあげる。スピードがはやくなり、左右に注意してこぐ。JR線が上に通る道をまがった。そのとき前におばあさんがいた。すごいスピードで横切るとおどろいてしまうかもしれない。だからスピードをおとして横切る。
 岐阜駅に近づき、大きい道にでた。信号や車の光が急にさしこむ。いつも信号のないところを横切る。だが今日は大きなバスがとまっていて通れない。めんどうだが信号があるところに行った。信号をわたると、またギアをあげ目的地までつっぱしる。

******************

「わざと」、省かずに一つ一つの動きを描くようにと働きかけています。
実は、一つのことにとどまって描くように書くのはかなり難しいことです。
初めて取り組む人なら、10行程度で教室に着いてしまいます。
夏休みに、本制作に取り組んだこの人たちは、
「あえて細かく見せる」意味を知っています。
学校やその他の場で、「共感させる書き方」が必要となる時に
生かしていけるようになります。

まぁ中学生だと、目立つと恥ずかしいから
「わざとこの書き方は学校では用いない」というときもありますが…。
やればいいのにね。せっかくなんだから。

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描写力の低下にどう取り組むか [課題―描写]

今週は、先週の俳句でも意識した「描写」に焦点を合わせた課題を実施しています。
自分が見た風景を、あるいは感じた皮膚の感覚を、
読み手がそのまま「見る・感じる」ことができるように書く、というのは
かなり難しいことです。
まず、自分が周囲をよく見て(感じて)いないといけませんし、
「それを他人は全く共有できない」ことを前提として、
「感じさせる・悟らせる」言葉を選んで書かないといけないからです。
この2つのことを意識して文章を書ける人はまれです。
小学生の頃から「生活文」を書く機会が多いのに、
人・時・場の描写にどれだけの言葉を費やさねばならないのか、皆知りません。
求められる機会がないからその感覚を発達させていない、とも言えます。

ですから研究室では、「表現の研究」の一環として、
描写のレッスン課題を多く用意しています。
見た直後に言葉で様子を再現するような「実況中継」課題、
30秒ほど私の動きを観察して文章化する課題、
5分ほど部屋の外に出て、周囲と皆の様子を観察しながら散歩し、部屋に戻って書く課題、
家から研究室までの道を書く課題、
今朝の食事風景を書く課題、
今日の学校の掃除時間(給食時間・休み時間)を書く課題、
学校から家までの道を書く課題
・・・
まあ、いろいろとあります。
長くても30分くらいのことを、
人の様子(服装、しぐさ、表情、声 etc)
時の様子(暑さ寒さ、空の様子、光の角度、周囲のざわめきetc)
場の様子(広さ、配置とその物の様子、壁や床の色と質感、光、風、音 etc)
を見せるように描きます。
机を登場させたら、次に移らず机の大きさや色や傷や触り心地を表す文を
続けて1、2文は書く、
場を移ったら”一時停止”、何も行動を起こさないで
その場の広さや狭さ、暗さと音の響き、におい、吹く風などを表す文を2、3文…。

これらに「わざと」取り組んでもらいます。
「わざと」やろうとしなければ、決して文章には入らない描写だからです。
小・中学生のほとんどは、ものごとを主観で書きます。
自分がどう感じたかが文章のメインで、
心のつぶやきと「つめたい」「たのしい」と一言感想に終始します。
それでいい、と思っているからです。
それではほとんど伝わらないことを知りませんし、
そもそも求められたこともないので、やろうとはしないのです。

だから、「わざと」やって、と求めます。
5分ほど外に出る課題でも、
30秒間私の動きを観察して書く課題でも、
「全部を書ききらなくていい」と先に言っておきます。
時間内に全て書ききるような書き方では今日はだめ、
3枚書いても、「まだドアを開けて階段を降り始めたところ」くらいなのがいい、と言います。
そのくらい「留まって見せつくしていく」ことに挑んでもらいます。

かなり前にも書いた記憶がありますが、
子どもたちの作文から場の様子が消えました。
土のにおいも、生き物の影も、何もない文章が増えています。
毎日通る道なのに、自分のすることは思い出せても、
何が・どのようにあり、変化がみられるのかまで描くことがありません。

子どもたちが自分に容れていくことが減っています。
運動場の様子さえわからない文章も多いのです。
子どもたちが視界に入れていることは、大人が思うよりも狭く少なくなってきています。
本好きな人は描写もうまいですが、
「本当に自分が見た、たった一つしかない運動場」を言葉で置き換えたものではなく、
「どこかで読んだような、よくあるタイプの運動場」の描写になることも、最近増えました。

どうすればいいのか、といつも思います。
見ているようで見ていないのをどうするか、
見たものを言葉に置き換えることを、実際に「できる」ようにするためにはどうするといいのか、
課題は多くあります。
描写が手薄いということは、表現の幅が狭い・観察力が磨かれていない ことの現れでもありますから、
看過できないと私は考えています。

書くことの前に、「見ること・感じること」。
そしてそれを、
自分の言葉が読み手の目となりその他の感覚器官となって
人・時・場を捉えさせているのだ、という意識をもって言葉に置き換えること。
一足飛びに身につくことではありません。
何度も何度も働きかけて、その子が「意識してやれた」ときに、
間髪入れずに「これでいい! こういう効果が出ているよ!」と伝えること、
今のところずっと続けてきた手法を守っていくほかありません。
お互いにシンドイですけど、その人が本当に「選んだ」表現に出合えた時、
その人の持つ変化の可能性の大きさにいつも心打たれます。

もし、このブログをお読みの方の中に、
作文指導に関心をお持ちの人がいらしたら。
ぜひぜひ、描写にはこだわってみてください。
上に挙げた課題もやってみてください。
課題のネタは、いくらでも思いつけます。
それに、私が思いつくことは、他の人も思いつくことです。
ですから、課題自体に「私のものだからマネしないで!」とは思いません。
作文指導は、受け手である指導者が「どのようであるか」が肝心です。
これは恐ろしいことなんですが、言語指導はやはり「人のありよう」で変わります。
研鑽を怠ってはならない、と…今、書いていて、ああ、ほんとに思いました。

私が出会える子どもたちにとって、私はよき「読み手」であるように…という意識は、
絶対に手放さないでいようと思います。

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皆既月食で描写のレッスン [課題―描写]

久しぶりすぎて、何から書き始めたらいいものやらわかりません・・・。

仕方がないので、ともかく昨日のことを。

昨日は皆既月食でしたね。
月食が始まるのも、皆既状態になるのも、講義の最中でしたから
せっかくこんなに長く皆既月食が見られるチャンスだというのに、
教室の中に籠りっぱなしにさせてしまうのはナニだなあと考え、
昨日のお題は「月食」となりました。
定番の描写のレッスンです。

最初に「壊れている」とか「古い」とかの特徴を持った文房具を描写しました。
そのあと、各自の作品を読み上げ、
文体・リズム・展開・視点などの観点から、効果を上げている工夫を伝えました。

肩慣らしがすんだら、いよいよ月食観察。
小学生のクラスは欠け始めた頃でした。
中学生は皆既状態を見ることができました。
どちらのクラスでも、薄く雲がかかってしまっていましたが
その雲のかかり具合が、「いつもの月」との違いを際立たせるものとなりました。

雲の形と動きも、光の滲み具合も、
見ればすぐにわかるものですが、言葉で描くとなるとかなりの難しさ。
でも、その「難しく思われること」に挑まなければ
「伝える力」は磨かれません。

小学生たちは、「雲の向こうにある月→雲から出てきた月(左下が欠けている)→雲に隠れる」
の3つの場面を見ました。
急がないで、一つの場面を描きつくしてから次に移るようにしないと
月も雲も、読み手の心に再現できないのですが、これがなかなか難しい。
どうしても、すぐに次に移ってしまいます。
メインの月食を5行以上は書く、と注文を出しましたが、書いているうちに忘れてしまったようです。
粘り切れずに終わってしまった人がほとんどでした。

中学生は、描写のレッスンを何度もやっている人ばかりでしたから、
留まって書くコツを知っているようでした。
自分が受けた印象「神秘的」とか「暗い」とかのイメージを
読み手も感じ取れるように、何文も重ねて書き綴っていました。
必死なので、文法的には間違っている箇所が入ってしまうこともありますが
それはそれ、これは「正しく」書くためのレッスンではなく
「視点」「演出」「言葉への置き換え」のためのレッスンです。
よい挑戦を認めていくことを主としました。

それぞれの文章の中に、月の姿がとどめられました。
しかし結局、一番大事なところを書けなかった人や
伝えた工夫を生かし切れなかった人はいました。
ですが、それを簡単に「だめだ」と言ってはいけないと思っています。

まだまだ、これからなのです。
言語表現については、焦ってはいけないと思っています。
毎回の作品を完璧にするのが目的ではないのですから。
この毎週の取り組みを通じて、
「ものをとらえる時の視点」と「言葉で伝える際の戦略」を
彼らの中で、じっくりじっくり育んでいくのです。
そうでなければ、本当の表現力は身に付かないと考えています。

あせらないこと。
すぐに成果を求めないこと。
子どもたちから発せられた言葉は、まずは受け止めること。
そしてこちらも真摯に、言葉を発していくこと。
子どもの言葉は、そうやって育んでいくものと考えています。


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場を描きだす 描写の課題 [課題―描写]

先週の「一人称禁止」課題。
大人にとっては易しそうでも、小学生にとっては意外に難しい面があります。
小学校低~中学年のうちは、主観でものごとを見ていますから
「自分を他人のように、外から見る」ことができるようになるには
ある程度の精神的な発達を待たねばなりません。

ですから、教室生の中には、自分を名前(三人称)で表していても
結局は「ぼく・わたし」の視点からしか書いていないものや
「『ぼく』が使えない!」ことを気にするあまり、
主語が全くない文章になってしまったものもあります。

しかし、課題のねらいにそっていないから今回はダメだった、という見方を
私はしません。
やってみること、試してみること、それが教室での活動の大きな意義の一つです。
うまくいかなくても、まず一歩踏み出してみた、
そのことを高く評価します。

踏み出した一歩でさらに地を強く踏みしめてもらおうと
いくつかのクラスでは今週、「5分の散歩」という描写の課題を行いました。
(カテゴリー『描写』あるいは『生活文』で紹介しています、ご覧ください)

今回は「人」よりも「場」をもっと入れてね、と強調しました。
そして、新しい物や場が出てきたら、
「ぜったいに」その物(場)について表す文を2,3文はつけること! と
ルールを設けました。
書いている間も見回り、
すぐに次の物を登場させているようであれば手を止めさせ、
物についての描写の文を入れてから、次に進むようにしました。

ストップをかけられるので、子どもたちとしてはやりにくい部分もあったでしょう。
しかし、時には「このリズム・この言葉」と具体的に見てみないと
しっかりと体得できないこともあります。

この工夫は、すぐに身につくような簡単なことではありません。
しかし何度も繰り返し行えば、見えるように・とどまって書くのが
その人の「当たり前」となります。
本科に在籍して2年目が終わろうとする小5の女の子の作文は
私が細かく注意しなくても、
リズムも見せ方も、独特の雰囲気をもったものとなりました。

いくつかを紹介しておきます。
ストップをかけ、どこか?どんなふうに?色は?形は?動きは?
などと尋ねましたが、「この言葉を入れろ」とは言っていません。
私からの働きかけを受けて、それぞれが自分で言葉を選びました。


*****************************

 

「今まではいいろに見えていたかべがとつぜん白くなる。前の二人は二本ある電とうのま下で止まる。二人のかげがとつぜんあらわれる。」(小3男子)

「満月は、茶色のビルの近くにあった。満月には少し雲がかかっている。でも光は見える。
満月は黄色で光っている。満月の周りをてらしている。満月の周りはうすい黄色で光っている。その満月は、とても低い位置にある。茶色のビルのななめ横にある。」(小5女子)

「青、白と色が変わる。前のアオイのかげができたりきえたりしている。「トントントン」と小さかったり大きかったり。みんなのくつの音が前と後ろから聞こえてくる。」(小6男子)

「ちゅう車場のまん中に立つ。東にはまんまるの月が空を照らす。こん色のうわぎがシャカシャカとゆれる。風がくっついたように耳が冷たい。ズボンの糸と糸の間から、風が入る。木々は横に少しゆれる。月が出ている反対側は、ゆう日がしずみ、もう夜を呼んでいるかのような色をしている」(小5女子)

**************************

美しいとか明るいとか、寒いとか冷たいとか、そんなふうにまとめた言葉を用いなくても
「美しさ」「寒さ」を表現できます。
「美しい」と書いてしまったら、「美しさ」しか表せませんが
物の様子で伝えたら、「美しさ」以外のものも読み手に感じ取ってもらえます。

まとめない。さとらせる。
何度も何度も、伝えていきたい、大切な手法です。


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「うれしい」と書かずに「うれしさ」を描く [課題―描写]

今週は「描写」のレッスンを中心に行いました。

教室では、「うれしい・たのしい・おもしろい」などの「くくる」言葉は
できるだけ避けるようにと伝えています。

「うれしい」の一言は便利ですが、
うれしさの質までは伝えてくれません。
100円拾って「お、やった!」のうれしさと
どうしても勝てなかった相手に、練習の末ようやく勝てた!のうれしさとは
歓喜の大きさや体を走る感覚が、まるで違います。

読み手を自分に同化させるなら、
「うれしい」と書くより「うれしさ」を描かねばなりません。
うれしさがあふれた顔(目・ほほ・口もと)で、
肩や背中で、
足の運びで、
ものの持ち方で、
ゆれる髪の毛で、
「うれしい」とは書かずに、「うれしさ」を読み取らせます。

今週は、原稿用紙半分(10行)で、
「うれしい・くやしい」と書かずに「うれしさ・くやしさ」を描くという課題に取り組みました。
描く気持ちや場面はクラスによって変えました。
「苦しさ」に取り組んだクラス、
「寒さ」を見せるように書いたクラス、
「風」の吹くさまを描いたクラス・・・。
これは描写のレッスンですから、実体験そのままでなくてもかまいません。
体験したことの中から、いくつかを組み合わせて「強調し・演出し」描いていきます。

10~15分程度で書いてもらった全員の作文を、皆の前で読み上げました。
読み上げながら、「どの言葉が・どのような効果を上げているか」を伝えていきます。
逆に、効果を半減させてしまっているところや言葉の足りないところも指摘します。
人の工夫を聴いて、注意するべき点を知って、
それぞれの表現の幅を広げるきっかけにしてもらいたいからです。


金曜・小学生の本科クラスでは、「怒り」「うれしさ」がテーマでした。
一人の子が、人の動き・表情で、怒りを表現した後、
最後に窓から冷たい風を部屋に入り込ませて
部屋に漂う不穏な雰囲気を「風」で悟らせるようにしました。
その大人びた表現に、「これはやってみなくては!」と思ったのか、
他のメンバーが次の「うれしさ」で挑戦。
笑い声を廊下に響きわたらせた後
「まどからのゆるやかな日差しが男の子を照らす」と締めました。

今日の単科では、「強い風」と「弱い風」を書きました。
激しい動きのあるもののほうが書きやすく、
変化の少ないものは書きにくい。よって、弱い風は難しくなります。

しかし、今日の子たちはものともせず!
初参加の女の子は、
ゆれるカーテンの隙間から、日差しがもれ入る様子を描き、
ほぼ毎回参加の中1女子は、バケツに張られた雨水の反射の揺れで風を見せました。
二人とも、「光」で見事に弱い風を描き出しました。
しかもその文章は、
 「きれい」とも「あたたかい」とも書いていないのに、
「美しく・あたたかで・やわらかな・平穏な日」であることも伝えていて
読み手をうっとりとさせる力を持っていました。

いつも参加してくれている小3男子の描き方は格別!
「風」という言葉さえ隠して書いていました。
そこまですることはないのですが、彼は一度やってみたかったのでしょう、
風が体をかすめて・くすぐっていく様子と
「捨てられたスーパーのふくろが地面をひきずられていく」
ことで「風」を見せていました。

テーマが同じなのに、描き方は違う、それが表現のおもしろさです。
全員の作文を読み上げることで、違いのおもしろさが確認できます。
しかし、読み上げることのよさは他にもあります。
まず、どこがどのように良いのかを伝えられることで、
自分に誇りを感じることができます。
そして、他のメンバーが見せた「自分にない工夫」を知ることで、
他者に対する敬意を自然に抱けるようになります。

この課題をやると、いつも
「あぁ、わたしたちってなかなかやるよね!」という雰囲気に教室が包まれて
なんだかほっこり・・・。
皆が教室を出る時の「さよ~ならぁ~」の声さえも、
いつもよりはずんで聞こえてくるのです。


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