SSブログ
子どもの言葉を変える魔法 ブログトップ
前の5件 | 次の5件

子どもを変える魔法の言葉② 「いろ・かたち・うごき」 [子どもの言葉を変える魔法]

お子さんの言葉を豊かにするための魔法、その2。

「いろ・かたち・うごき」の言葉を耳に入れる。


子どもが言葉を習得する手段は目(読む)でもありますが、多くは耳(聞く)です。
ですから、子どもが耳にする言葉の質を変えます。
つまりは、周囲の大人が用いる言葉の質を変えます。

たとえば・・・、今日降った雨をどう伝えましょうか?
考えてみてください。

冷たい? ポツポツ? ザーザー?
いやいや、もっと!

傘をささなくてもいいくらいの雨?
車のワイパーを間欠にすればいいくらい?

う~ん、もう少し、「見せる」ようにしてみましょうか。

駐車場のいつものくぼみに、水たまりができるくらいの雨?
それをよけて歩いたら、コートの袖についた水滴が、ころんと滑るのを見た?
吐く息は? 白くならないまま、すっと消えた?

別に抒情的な表現でなくていいのです。
ほんの少し、色や形や手触りや動きを感じさせる言葉で
ものを言うようにします。
一日に、一回でもいいのです。
家庭での会話全てを変えようと思ったら
お母さんが疲れてしまいますから、
一、二回、ちょっとだけ色を足して、形をつけて、動きを入れて
「自分が見た何か」を話すようにしてみます。

「あのレジの男の人の眉毛、すごかったね。
ぎゅむ、ぎゅむって上に動いてたね」
「今日の空、すごかったよ。車のフロントガラスから見た空、ぜんぶ水色で
どこも青が欠けてなかったよ。白が一つもなかった!」

人は、相手が使う言葉に呼応して自分の言葉を選びます。
受け手の言葉の質に合わせて自然に言葉を選びます。
「ああ、こういう言葉で話すんだ」
と感じれば、それと同じような質の言葉で
今日のことを話すようになります。
そして、「私が見た空はちがう、こうだった」と
違いを見せるために、同じように色や形や手触りで伝えようとします。


ですがこれは、「絶対にしなくてはならないこと」ではありません。
「してみたら、何か変わるかもしれない呪文」です。

色と形と手触りと動き。
それが入った声を、一日に一度でいいから、口から発してみる。
それが、お子さんの言葉の質をじわじわと変えていくことになりますし
たぶん、それを心がける大人の方ご自身も、
見る目と表現が磨かれます。

私はそうやって、子どもたちに言葉を磨いてもらいました。
子どもたちの前にいるときの私が一番、自由にものを表現している気がします。
受け手がなんでも(とっぴょうしもない表現でも)楽しんでくれるので
ものすご~く、アタマが柔らかくなりました。

言葉は、呼応するのです。
かっこわるいとか正しくないとか考えずに
お好きなように、色と形と手触りと動きを入れて話してみてください。

お子さんは「正しさ」なんて気にしないで、
きっと受け止めてくれます。
家族の呼応力は、桁外れなんですから!


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

子どもを作文好きにする言葉 [子どもの言葉を変える魔法]

先日、家庭での声かけで何か効果的なものがあれば教えてほしいと
メールをいただきました。

この質問はよく受けるので、私も「魔法のように効く言葉」がないかなぁと
折々に考えています。
あれこれ思いつきはするものの、
「これさえあれば!」というものとなると、なかなか・・・。
一言だけで、後の行動が劇的に変わってしかも効果が続く、というものはないのですね。
言葉の育成には手間と時間がかかります。
ですからどの声かけも、前後のケアが欠かせません。単独では難しいのです。


でも! と考え、一つ見つけました。
とっておきの言葉です。
でも、この魔法にはちょっとした工夫が必要。
以下に使用方法を。

①まず、お子さんの作文や日記を、お子さんの目の前で読みます。
②何かをやりながらではなく、きちんと熱心に(ふりをしてでも)読みます。
③読み終えたら、大きくうなずき(または大きく息をつき)
「あんたは作文、じょうずやねぇ!」と大きくはっきり言います。

これだけです。
「じょうずやねぇ」の他に、「作文の才能あるねぇ」「センスがいいわぁ」
「この~というところ、絶品やね」「いい文や!」などもOK。

お子さんが「そうか?」と怪訝な顔をしても、気にしません。
「うまいねぇ、ちゃんとしまっとこ」
と言いつつ、作文を丁寧にたたみ、作文専用のファイルや箱の中に入れます。
その様子を、お子さんが見ていなくても、毎回ちゃんと丁寧にしまいます。
「見ていなくても」、見てますものね。


子どもは、自分の親が自分の作品をどう扱っているか、ちゃんと気にしています。
「全然読んどらん」「どこにあるか知らん」「捨てとるかもしれん」
という子もいれば
「全部、ファイルの中に入れてある。もうこんなにぶ厚くなった」
「この前の詩は、冷蔵庫のところにはってある」
という子も。
自分の作品が丁寧に扱われていることを知っている人は、
自分の文章がどう受け止められたかを感じようとするので
私からのコメントにも、ちゃんと目を通すことが多いですね。
コメントを読む人は伸びます。コメントを受けて変化しようとしますから。


「作文の力、あるよ」

そう確信をもって、お子さんの目を見て言ってみてください。
本人は半信半疑の顔をしていても、
その声は心に残り、文章を書くとき浮き上がってきます。
「そうか、力あるんだ。じゃあ、少し頑張ってみよう」という気持ちになります。

力があるのだと、周りの大人が(しかも信頼できる大人が)言ってくれることを
お子さんは信じます。
お子さん自身も、自分の力を信じたいのです。
だから、どんなに字がいがんでいても、話がとんでしまっていても、
ときには、たった一つの言葉を、
ときには、書き上げる時間の長さ(短さ)を、
ときには、量を、
ときには、字の濃さを、
なんでもいいので根拠にして、「やっぱりあんたには才能がある」と言い続けるのです。

この言葉は、本当に効果があります。
子どもの時期に大切なのは、自己肯定感ですから。
無いかも?と思っても、ある、と信じること。それが、後に本当に「ある」になっていきます。


と言ってもねぇ。
ほめたくても、ほめにくい文ばっかり書くんだもの。

・・・そう思う方もいらっしゃるでしょうね。
ですから、「ほめたくなる文が子どもから湧き出てくる」魔法の言葉、
これからできるだけ紹介してみます。
でもね、手間はかかりますよ。
ご覚悟の上、お待ちくださいね。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

ジャッジしない [子どもの言葉を変える魔法]

正解が一つでないものを考え抜く姿勢を育てるために
教室では多くの働きかけをしていますが、
その代表的な課題に「討論と意見文」があります。


先週はいくつかのクラスで「討論」を行いました。
今週はそれを受けて「意見文」に臨みます。

「図書館にマンガを置くべきか(増やすべきか)」や
「スポーツや舞台は、生でみるのとテレビでみるのとでは、どちらがよいか」
「中学校の掃除は清掃会社に任せるべきだ」
などのテーマに取り組みました。


討論では以下の流れで授業を行います。

1 まずそれぞれの利点・不利な点をノートに列挙する(一人で考える)
2 2チームにわかれ、意見を述べる(先攻・後攻を決める)
3 提示された意見に相手側から反論。反論にさらに反論。
4 十分に深め合ったら、別の視点からの意見を後攻から提示。討論。
5 多角的に検討しあったら、チームの枠をはずして
  「そもそも図書館とは(掃除とは)・・・?」と存在意義を考える機会を作る。
  それぞれの体験や素朴な気持ちも尋ねていく。

いつも同じ流れで行うわけではありませんが、上のようなことをしています。

私の役目は、皆の意見を漢字熟語に置き換えて強化したり、
(と同時に、なじみのない語に触れる機会を作ったり)
意見がかみ合っていないときに、論点を整理したり、
どちらかのチームがあまりに押され気味となった場合に加勢したり・・・。

・・・ですが、基本的には「合いの手を入れる」役割を意識しています。

子ども達の中には、意見を述べようとしても
言い足りなかったり、話がずれていってしまったり、
自信がなくてどもりがちだったり、ということがあります。

この教室では何を言っても大丈夫、という安心感を持ってもらうために
基本的に私は、ジャッジしません。
意見が(または述べ方が)よい・わるいという観点で言葉を返してしまうと
次からは警戒して口を開かなくなります。

ですから、まずは受け止める。
そして、もう少し詳しく聞きたいときは、「聞きたい」という熱意を示して先を促す。
これを、心がけています。

具体的には、
1 「へ~ぇ」「ふむ」「なるほど」などの相槌
2 「おもしろい!」「するどいねぇ」などのほめ言葉
3 「へぇ、**か」と、子どもの言葉をそのままくり返す
4 「~ということか。なるほどね」と、別の言葉に置き換える

をしてから、
5 「・・・で、どうしてそう思うの?」
6 「う~ん、そこのところ、もう少し聞きたい。たとえば?」
7 「そう思うきっかけになった体験ってあるの?」

のように、詳細を聞く言葉がけをしていきます。

決して、審判は下しません。
よい述べ方、よい視点については、
感嘆をもって「どこがどう素晴らしいのか」を皆に伝えます。
しかし、「その述べ方はわかりにくい」「もう少し理由をいってくれないとだめだ」などの
否定的なことは、ほとんどいいません。

よくないことを伝えても、次の一歩にはつながりません。
「よい」ことは強化して伝えること、
「あなたの意見を聞けてすごくよかった」という姿勢を示すこと、
それらが討論を活性化しますし、子ども達の「伝えたい!」という気持ちを育てると思います。


正解がない課題に立ち向かう力を育てるには、
やはり、「場」が必要です。
意見を伝える、他者の考えを知り受け入れる、
それが自然にできる安心感のある「場」が、
「答えがない」という不安にとらわれることなく考え抜く体力を育むと思います。

言葉も姿勢もジャッジしない。

大切なのは、傾聴する姿勢です。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

言葉の質を高める [子どもの言葉を変える魔法]

本をあまり読まないお子さんの場合、言葉の習得は主に耳でなされます。
なんだかウチの子ども、語彙が少ないなぁ・・・と思われたら、
「耳」から入る言葉の質を高めてみるとよいかもしれません。

教室では、「うれしい」「楽しい」などの
気持ちを集約させる言葉だけで文を終わらないようにと、子どもたちに言っています。
それを、普段のお子さんへの言葉がけにも用いてみてください。

もし、今日が気持ちのよい日だったのなら
「気持ちよかったね」だけで終わらず、「気持ちよさ」を感じさせた“何か”をつけてみます。
「空がすっごく上の方まで青く見えて、空にも深さがあるんだなぁと思った」とか
「ベランダのゴーヤの葉が風で揺れて、さわさわいってた。なんだか内緒話をしてるみたいだった」とか。

目に映ったものをそのまま、
耳に響いた音をそのまま、
肌に感じた冷たさを(柔らかさを・痛さを)そのまま、
言葉にしてみます。

できるだけ、細かな感覚を思い出してみるとよいと思います。
細かなものは、「言うに及ばず」と捨てられやすいのですが
実はそういうもので表現したほうが、ハッとすることが多いのです。


先週、教室では、運動会のひとコマをドラマ仕立てで書きました。

他のクラスで書かれた臨場感たっぷりの作文を紹介しますと
子ども達は「なるほど、こういうレベルで言葉を選べばよいのか」とピンときます。
あれこれ説明するより、質の高い言葉を聞かせるだけで
子ども達は同調できるのです。

ですから、先週の作文はどれも名作ぞろい。
運動会ってこんなに魅力的だったっけ? と思わされました。


子どもは、周囲で使われる言葉に合わせて、自分の言葉を選びます。
表現を豊かに、と願うのなら、
まずは周囲の大人が、表現豊かに語ってみせるのが一番です。

もちろん、「全ての言葉を描写たっぷりに」なんて
不可能な上にくどくて逆効果ですから、
思いついたときにやってみるくらいでいいのです。
日に一度か二度、自分の目に(耳に・鼻に)とまったことを
ちょっとだけ言葉を選んで表現してみる。
時間はかかりますが、発しているほうにも、受け取るほうにも
そのうち変化が生まれるはずです。


ちなみに私は、意見文を書く際には、わざと漢字熟語を多用して話します。
知らないだろうなと思う言葉も、どんどん使います。
漢字熟語が作り出すリズム、シャープさ、
言葉で説明したところで伝わりにくいことは実際に用いてみせて、
体に染みこませていくのが遠くて早い道なのでは、と思っています。

まずは自分から。

毎日の積み重ねが実となります。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

本を読むふり [子どもの言葉を変える魔法]

私の母は、子どもを本好きに育てたいと思って、
よく「本を読むふり」をしていました。

その時間は、テレビも消して、針仕事もしないで
(母は家で服を縫う仕事をしていました)
好きな場所で、好きな格好で本を読む。

つられて私も好きな場所で本を読む。


どうも母は、本を夢中になって読むほうではなかったようです。
しかし、自分が本を読む姿をみせれば、
子どもも「本を読む」のが自然のことになるだろう、と思ったのだそうです。

まぁ、その試みはうまくいきました。

私は無類の本好きになりました。
しかし、妹はそれほどでもないようです。
母は、妹が字に興味を示したとき、
まだ早いと思ってあまりかまわなかったからだ、失敗した、と言っています。


個人差があるので、絶対にうまくいきますよ、とは言えませんが
もし、お子さんが本をあまり手にとらない人なら、
一日30分でもいいので、テレビを消して、
ご自身が、本を読んで(読むふりをして)みるのもいいかもしれません。


お子さんがすぐに真似をして、本を読み始める
・・・なんてことが起きれば楽でよいのですが、
そうはいかないでしょうね。
しかし、自分の親が本を熱心に読む姿は、お子さんの心に焼きつきます。
ずいぶん経ってから、思わぬ効果が現れるかもしれません。

 

ちなみに私の場合は、
早々に「お母さんは本好きのふりをしている!」と見破り
私の方が本好きだよね、と思っていました。

そう思う頃には、私は本の虫になっていたのですから
母の計略はうまくあたった、ということになります。

しかし母に、本当は本好きじゃないんでしょ、と言うと
「そんなことない、好きやて!」
と決して認めませんけど。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問
前の5件 | 次の5件 子どもの言葉を変える魔法 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。